TEA​ CULTUER

​Voyage To East India

15世紀、時は大航海時代。

15世紀では現在当たり前だと思っている物はありませんでした

冷蔵庫が出来たのは20世紀でそれ以前はありません

 

それではお肉や魚はどうやって保存したか

 

中世までは塩漬けしていました

 

食品の水分が塩によって抜けるため

腐りにくくなります

塩ずけにした物を、樽に詰め一冬食べていました

 

しかし2~3ヶ月経つと次第に色も変わり臭いも出てきます

それが中世ヨーロッパの現実でした

ところが、十字軍がエジプト遠征の際

ヨーロッパ人は初めて胡椒と出会いました

胡椒は香りが良いだけではなく殺菌作用がありました

胡椒をまぶしてお肉や魚に塗りこむと腐らないのです

香辛料はただの調味料ではなく防腐剤として使われました

 

十字軍がヨーロッパに胡椒を持ち帰ると忽ち需要が高まりしました

一度、胡椒を使用したお肉や魚を食べたヨーロッパ人は

以前の塩ずけ肉は食べなくなりました

そこで、どれだけのお金を払っても胡椒を手に入れるようになりました

 

しかし問題がありました

 

胡椒は熱帯の作物なので寒いヨーロッパでは作れなかったのです

胡椒の産地は南インド、飛行機が無かった時代、船でインドまで行っていました

ヨーロッパ諸国がインドに胡椒を求め

航路貿易が盛んになった時代を大航海時代と言います

大航海時代の波はインドで止まる事なくアジアにまで押し寄せて来たのです

 

16世紀半ばから17世紀初期に東南アジアから東アジアの海域にかけて行われた南蛮貿易

 

当時日本は戦国時代、長崎の出島で沢山の武器や道具が輸入されました

 

この事を日本史では鉄砲伝来と言います

そしてヨーロッパ人は南蛮貿易で訪れた日本でお茶とその文化に触れ

この魅力的な飲み物を本国に広める事になります

 

いよいよお茶がヨーロッパに伝わります

インドに代わりアジアの貿易に力を入れたヨーロッパ諸国

 

インドでは胡椒、日本や中国ではお茶を手に入れる為

組織を作る事になりました

 

その組織が世界で初めて作られた株式会社

東インド貿易会社でした

1610年に、オランダ船が中国と日本で集めたお茶を、本国に送りました。

こうして、東洋における茶貿易は始まったのです

1600年にイギリス東インド会社が、1602年にはオランダ東インド会社が成立したことにより

17世紀は、オランダとイギリスが東洋貿易の覇権をめぐって争う時代へと突入します。

 

お茶はまさにその貿易の利権を握る、重要な商品となりました。

ヨーロッパで、お茶が飲まれるきっかけを作った大航海時代

多くの探検家が未知の世界へと航海し胡椒やお茶を祖国へと持ち帰りました

その後、お茶はヨーロッパ人好みに茶葉を発酵させ

お茶は紅茶と姿を変え

今も尚、世界中で愛される飲み物となりましたした